落ち着いた話し方に、少し憂いのある表情。
坂口健太郎さんの雰囲気からは、「きっと高学歴なんだろうな」という空気が漂います。
ところが坂口健太郎さんは、出身大学のことをほとんど語りません。
ネットでは「東洋大学」という名前が飛び交っていますが、本人の口から聞いた人はいないようです。
実は、坂口健太郎さんの進路を決めたのは、勉強でも大学でもなく、183cmという身長だったのかもしれません。
本日の記事では、坂口健太郎さんの大学や高校、そして学生時代がどんなふうだったのかを調べてまとめてみました。
- 「東洋大学中退」説はどこから来た?学歴情報の整理
- 中学で180cm!身長がすべてを変えたバレーボール時代
- 大学1年で人生が動いた、19歳のオーディション合格
それでは、どうぞ!


坂口健太郎の大学は東洋大学?学歴をめぐる情報を整理
まず、いちばん気になる大学の話から。
結論を言うと、坂口健太郎さんの出身大学は公式には明かされていません。
多くの芸能情報サイトが、坂口健太郎さんは2010年に東洋大学へ進学し、1年ほどで中退したと紹介しています。
中退の理由としてよく挙げられるのが、大学1年のときにモデルのオーディションに合格し、仕事が一気に忙しくなったから、というものです。

本人は大学について語っていない
ただし、この「東洋大学・中退」という話は、坂口健太郎さん本人やご家族が語ったものではありません。
Wikipediaの基本的なプロフィールにも、大学に関する記載は見当たりませんでした。
高校のバレーボール部で活躍した、という記述はあるのですが、その先の進学については情報がぱたりと止まります。
つまり大学については、「そう言われている」の域を出ないというのが正直なところです。
ゴシップ神社としては断定を避けつつ、いちばん有力な説として紹介しておきます。
「東洋大学」説はどこから広まったのか
学歴をまとめている情報サイトの多くが、坂口健太郎さんの進学先として東洋大学の名前を挙げています。
進学が2010年4月、中退が2011年、という具体的な年まで書かれていることも珍しくありません。
ただ、その大もとになった一次情報、たとえば本人のインタビュー発言や当時の記事は、たどっても見つかりませんでした。
芸能人の学歴は、こうして「みんなが書いているから本当だろう」と広まっていくことがよくあります。
坂口健太郎さんの東洋大学説も、その典型かもしれません。
坂口健太郎の学生時代を決めた「身長183cm」
大学ははっきりしませんが、中学・高校時代のエピソードは比較的よく知られています。
キーワードは「バレーボール」、そして「身長」です。
中学入学の時点で、すでに180cm近く
坂口健太郎さんは、東京都府中市の私立・明星学苑に、小学校から高校まで通ったと言われています。
明星学苑は幼稚園から大学まである総合学園で、府中では名の知れた学校。
つまり坂口健太郎さんは、幼い頃からずっと同じ環境で、地元の府中で育った可能性が高いんですね。
その坂口健太郎さん、中学に入った時点で身長は180cm近くあったそうです。
あまりに背が高いので、担任の先生から「バレー部に入らないか」と強く誘われたというエピソードも伝わっています。
本人が望んで始めたというより、身長で選ばれるようにバレーを始めた、という感じだったのかもしれません。
それでも坂口健太郎さんは、中学3年のときにキャプテンを任され、チームのエースとしても活躍したと言われています。
高校でもキャプテン、そして卒業後の空白
高校でもバレーボール部を続け、ここでもキャプテンを務めたようです。
当時のバレー部はそれなりの強豪だったとも言われています。
長身を生かしてスパイクを打ち込んでいた高校生が、数年後に俳優になるとは、チームメイトも思わなかったでしょうね。
周りを見て、前に出すぎずチームをまとめる。
キャプテンとしての役回りは、今の坂口健太郎さんの落ち着いた佇まいと、どこか重なる気もします。
そして高校卒業のあたりから、坂口健太郎さんの進路の情報は急にぼやけ始めます。
大学1年で人生が動いた!19歳のオーディション合格
大学中退説の背景にある、モデルデビューの経緯を見ていきます。
ここが、坂口健太郎さんの人生の分かれ道でした。
成田凌、宮沢氷魚らと並ぶ“俳優の登竜門”
2010年、坂口健太郎さんは19歳で「第25回MEN’S NON-NOモデルオーディション」に合格しました。
このオーディションは、成田凌さんや宮沢氷魚さんなど、のちに俳優として活躍する人を数多く輩出してきた“登竜門”として知られています。
長身ですらりとした体型は、まさにモデル向きだったのでしょうね。
この合格が、大学生活を大きく変えることになりました。

モデル7年、そして俳優へ
坂口健太郎さんは「塩顔男子」という言葉が流行するきっかけのひとりになりました。
濃すぎない、あっさりした顔立ちの男性が人気、という2013年頃の流れを、坂口健太郎さんがけん引した形です。
2014年には、専属モデルとして約20年ぶりに1人で「MEN’S NON-NO」の表紙を飾っています。
同じ2014年に映画「シャンティ デイズ 365日、幸せな呼吸」で俳優デビュー。
2016年には朝ドラ「とと姉ちゃん」に出演し、同年公開の映画「64-ロクヨン」で第40回日本アカデミー賞の新人俳優賞を受賞しました。
2017年には7年間務めた専属モデルを卒業し、俳優一本の道へ進みます。
モデルから俳優へという流れは、成田凌さんや宮沢氷魚さんなど、MEN’S NON-NO出身者にはおなじみの道でもあります。

こうして並べてみると、坂口健太郎さんのキャリアは一本の線でつながっています。
中学で伸びた身長が、バレー部のキャプテンを、そしてモデルのオーディション合格を呼び込みました。
もし身長がもう少し低かったら、バレーも、オーディションも、俳優の道もなかったのかもしれません。
大学に通ったのか、いつ辞めたのか。
その部分がはっきりしないのは、坂口健太郎さん自身にとって、そこがそれほど大きな出来事ではなかったから、なのかもしれません。
学歴を語らないのは、隠しているのではなく、語るほどのものと思っていないだけ。
そう考えると、なんだか坂口健太郎さんらしい気もします。
坂口健太郎さんの結婚についての記事も書いています!ぜひご覧ください↓


まとめ
今回は、坂口健太郎さんの大学や高校、学生時代について調べてみました。
大学は「東洋大学に進学し中退」という説が有力ですが、本人からの公表はなく、確定はしていません。
高校は東京都府中市の明星高校とされ、中学・高校ともバレーボール部のキャプテンを務めたようです。
2010年、19歳・大学1年のときにMEN’S NON-NOのオーディションに合格し、その多忙さが中退の理由と言われています。
学歴そのものより、身長183cmから始まった一本道こそが、俳優・坂口健太郎さんを作ったと言えそうですね。
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