かつて「ウッチー」の愛称でフジテレビの人気アナウンサーとして親しまれた内田恭子さん。
実は今、テレビの世界とは少し違う「心を整える」仕事に力を注いでいるみたいなんです。
2006年にフジテレビを退社してフリーに転身した内田恭子さんですが、その後の歩みは意外と知られていないかもしれません。
フリー転身後は保育園運営会社の社外取締役に就任するなど、活動の幅もぐんと広げてきたようです。
「今何しているの?」と気になっている方も多いのではないでしょうか。
本日の記事では内田恭子さんの現在の活動について、マインドフルネストレーナーへ転身した理由まで調べてまとめてみました。
この記事を読めば、下記の内容について、知ることが出来ます。
- 内田恭子さんが夢中になっている「マインドフルネス」とは
- “生き急いでいた”というフジテレビ時代の本音
- 保育園運営会社の社外取締役就任の裏側
それでは、どうぞ!


フリーアナ内田恭子が今夢中な「マインドフルネス」とは
内田恭子さんは現在、フリーアナウンサーとして活動しながら、マインドフルネストレーナーという顔も持っているんです。
出会いのきっかけは、コロナ禍で自分自身と向き合う時間が増えたことだったみたいですよ。
先の見えない不安の中で心を整える方法を探すうちに、マインドフルネスにたどり着いたのかもしれませんね。

資格を取るために通ったのは、ドイツにあるヨーロッパ最古のマインドフルネスセンター「IMA(Institute for Mindfulness-Based Approaches)」。2年半ほどかけて講座を受け、MBSR講師資格を取得したそうです。
MBSRとは、マインドフルネスストレス低減法と呼ばれる手法のことなんですよ。
さらにオックスフォード・マインドフルネス認定のMBCT-L(マインドフルネス認知療法)講師資格も取得し、日本マインドフルネス学会の正会員としても活動しているそうです。
2023年からトレーナーとしての活動をスタートし、今は企業研修やプロアスリート、子どもの教育現場、一般向けまで、幅広い場でセッションを行っているといいます。
2025年4月からはNHK出版の「すてきにハンドメイド」で、マインドフルネスをテーマにした連載もスタートしました。
Voicyの配信では、マインドフルネスが「仕事、子育て、人との付き合い方、何か意思決定をする時とか。日常のいろんな場面で」役に立つと語っているんですよ。
自身と向き合う時間を学んだことで、余裕を持って子どもと向き合えるようになったとも話しており、家庭にもいい変化があったようですね。
テレビの世界から少し離れた分野で、新しい強みをじっくり築いてきたのかもしれません。
Voicyや母校の講座でも活動の場を拡大中
内田恭子さんは音声プラットフォーム「Voicy」でも「内田恭子のゆるんでいきましょう」という番組を配信しています。
日々のちょっとした気づきを、リスナーと一緒に振り返るような、ゆったりした内容になっているようですよ。
また、母校である慶應義塾大学のリベラルアーツ講座「慶應MCC」でも、マインドフルネスをテーマにした講師を務めているといいます。
学生時代を過ごした場所で、今度は教える側として関わっているというのも、なんだか感慨深いですよね。
Instagramでは「@kyoko.uchida.official」というアカウントで、アナウンサー兼マインドフルネストレーナーとしての日常を発信中です。
きっかけは「生き急いでいた」フジテレビ時代の本音
華やかなキャリアを歩んできたように見える内田恭子さんですが、そこには知られざる葛藤もあったみたいなんです。
どのような心境の変化があったのか、順を追って見ていきましょう。
2002年W杯取材、”一番ハード”だった弾丸スケジュール
内田恭子さんは1999年にフジテレビに入社し、2001年から5年間「すぽると!」のキャスターを務めました。
特に激務だったのが、2002年の日韓ワールドカップの取材だったそうです。
本人いわく「ノルウェーに取材に行き、成田に戻って羽田に直行して淡路島に飛びました。どこの国のキャンプだったかも覚えてない」とのこと。かなり過酷な移動だったことがうかがえますね。
「一番ハードでしたね」と振り返るほどの弾丸スケジュールだったようですよ。
「死ぬほど働いてやりきった」30歳での決断
内田恭子さんは当時の心境について「毎日休みなく死ぬほど働いて、やりきったと思ってやめたんですけど、実は7年間しかいなかった。濃密な時間でした」と語っています。
7年間という短さでこれだけの密度で働いていたのだと思うと、当時の忙しさが具体的な数字からも伝わってきますね。
さらに「生き急いでいましたよね」と、当時の自分をやわらかく振り返る発言もしているんです。
当時は女性アナウンサーに「30歳定年説」があったことも、決断の背景にあったのだとか。
今では後輩たちがママになってもアナウンサーを続けられる環境が整っており、内田恭子さん自身も時代の変化を感じているみたいですね。
全力で駆け抜けたからこそ、悔いのない引退ができたのかもしれません。

保育園運営会社の社外取締役にも就任
2023年6月には、幼稚園事業などを手がける「株式会社Kids Smile Holdings」の社外取締役に就任したことも明らかになりました。
実際に子ども向けの特別レッスン「やってみよう!マインドフルネス」を開催するなど、肩書きだけでなく現場にも関わっているようですよ。
内田恭子さんには2010年生まれの長男と、2013年生まれの次男がいます。
2人はそれぞれ別の私立学校に通っているとも伝えられており、教育にも熱心な様子がうかがえますね。
2人の男の子を育ててきた内田恭子さんだからこその視点が、経営にも生かされているのかもしれません。
テレビの司会やナレーションといった従来の仕事に加えて、経営の分野にも活動の幅を広げているようです。
こうした肩書きの多さからも、内田恭子さんの精力的な人柄がうかがえますよね。
マインドフルネスを通じて見えてきた”今の内田恭子さん”
アナウンサーとして人前で話すことを仕事にしてきた内田恭子さんが、今は人の心と向き合う仕事をしているというのは、なんとも興味深い変化ですよね。
「話す」から「聴く・整える」へと軸足を移してきた歩みには、一貫した”人と向き合う”姿勢が感じられます。
マインドフルネスのセッションでは、呼吸に意識を向けたり、今の自分の感情をただ観察したりする時間を大切にしているそうです。
忙しい現代人にとって、何もせずに座るだけの時間を作ることは、意外と難しいものかもしれませんね。

だからこそ、内田恭子さんのような伝える力を持つ人が指導することで、多くの人にとって取り組みやすいものになっているんでしょう。
セカンドキャリアを模索する中でマインドフルネスに出合ったという経緯からも、立ち止まって自分を見つめ直す時間を大切にしてきたことがうかがえますね。
今後もテレビの枠にとらわれず、多方面で活躍していく姿が楽しみです。
2人の男の子を育てるママとしての顔も
内田恭子さんは2010年生まれの長男と、2013年生まれの次男を育てる母親でもあります。
思春期にさしかかる年齢の子どもたちとの向き合い方にも、マインドフルネスで培った”今この瞬間に集中する”考え方が生きているのかもしれませんね。
仕事と子育てを両立しながら新しい資格取得にも挑戦する姿勢には、多くの同世代の女性が勇気づけられているんじゃないでしょうか。
華やかなアナウンサー像だけでなく、一人の母親としてのリアルな姿も垣間見える活動ぶりですね。
子育ての悩みを率直に語る姿勢も、多くの視聴者から共感を集めている理由の一つなのでしょう。
内田恭子さんの若い頃についての記事と、父親についての記事も書いています!ぜひご覧ください↓


まとめ
内田恭子さんの現在は、フリーアナウンサーとしての活動に加え、マインドフルネストレーナー、そして保育園運営会社の社外取締役と、多方面にわたっていました。
「生き急いでいた」というフジテレビ時代を、7年間の”濃密な時間”としてやわらかく受け止め、そこから見つけた”心を整える”生き方には、内田恭子さんらしい誠実さが表れていますね。
これからも独自のペースで、新しい挑戦を重ねていってほしいですね。
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