元フジテレビアナウンサーとして活躍し、現在もフリーアナウンサーとして数々の番組に出演している木佐彩子さん。
結婚から25年以上が経った今もテレビで夫婦の様子を明かすことが多く、ファンの間では”仲良し夫婦”として知られているんですね。
その夫が元プロ野球選手で、後に監督まで務めた石井一久さんだということをご存知の方は多いのではないでしょうか。
華やかなアナウンサーと球界のエースという組み合わせながら、木佐さん自身は「支えられていたのはむしろ自分の方だった」と振り返っています。
本日の記事では、木佐彩子さんと石井一久さんの馴れ初めから結婚、そして監督時代に訪れた夫婦の変化について調べてまとめてみました。
この記事を読めば、下記の内容について、知ることが出来ます。
- 木佐彩子さんと石井一久さんの馴れ初めの舞台裏
- 結婚を機に木佐さんが選んだ”意外な決断”とは
- 監督就任後に訪れた”会話のない5年半”の真相
それでは、どうぞ!


出会いは神宮球場、”プロ野球ニュース”がつないだ縁
木佐彩子さんと石井一久さんの出会いは、木佐さんがフジテレビで「プロ野球ニュース」のキャスターを務めていた1996年頃にさかのぼるようです。
当時、東京ヤクルトスワローズのエース投手として活躍していた石井さんの試合前コメントを収録するため、木佐さんは仕事で神宮球場に足しげく通っていたと言われています。
2015年4月2日放送の日本テレビ「ナカイの窓」で木佐さんが語ったところによると、野村克也監督の試合前コメントを撮りに神宮球場へ通う日々が続いていたのだそうです。
スワローズとの仕事上の接点を重ねるうち、多人数での食事会に石井さんも顔を出すようになり、次第に会話を交わす関係へと発展していったといいます。

1998年頃から交際が始まったとされ、水面下での交際を経て2000年3月に結婚に至ったというのが、これまで報じられてきた馴れ初めの流れなんですね。
当時はスポーツ紙・芸能紙を騒がせる一大ニュースでしたよね~!
石井さんはその後、ヤクルトのエースとしてタイトルを重ねたのち、日本人投手として当時最速となる契約でロサンゼルス・ドジャースへ移籍し、メジャーリーグでもプレーした実力派。
木佐さん自身も幼少期にロサンゼルスで7年間を過ごした帰国子女であり、夫婦そろって現地に縁のある土地を持っているというのは、なるほどと思わせる共通点でした。
第一印象は「安定感」、支えていたのはむしろ木佐さんの方だった
交際のきっかけについて木佐さんが語った言葉の中で興味深いのは、石井さんに惹かれた理由として挙げた「安定しているところが好きだった」という一言です。
先述の「ナカイの窓」で木佐さんは、当時の自分について「生放送をいっぱいやってて、自分は自分で秒数に追われてっていう時に支えられてた」と明かしています。
華やかな女子アナウンサーが球界のスター選手に見初められた、という一方的なイメージを持たれがちですが、実際には多忙な生放送の現場で心の支えになっていたのは石井さんの存在だったようですね。
個人的には、こうした”支え合う関係”こそが、結婚から25年以上経った今も続く夫婦仲の良さの土台なのでしょうか。
さらに木佐さんは、家計管理についても「彼は銀行とか行けない」と話しており、金融面の管理を一手に担ってきたことも同番組で明かしています。
グラウンドでは堂々たるエースだった石井さんの、家庭内では木佐さんに任せている部分が多いという意外な素顔ですね!
2000年3月に結婚、生放送から一転した”夕方の主婦”生活
2000年3月、当時28歳だった木佐さんは2歳年下の石井さんと結婚しました。
結婚後の木佐さんの選択で印象的なのが、「家に帰って晩ご飯が作れるように」という理由で、深夜帯の番組から夕方の報道番組へと担当を異動したというエピソードです。
売れっ子アナウンサーとして忙しい日々を送っていたはずの木佐さんが、結婚を機に生活リズムそのものを夫に合わせて変えたというのは、当時としてはかなり思い切った決断だったのではないでしょうか。

その後、2001年12月には長男が誕生し、木佐さんは2003年1月にフジテレビを退社してフリーへと転身したんですね。
寿退社ではなく出産後の退社というタイミングを見ても、仕事と家庭のバランスを慎重に見極めながらキャリアを選んできたことがうかがえるのではないでしょうか。
監督就任から続いた”会話のない5年半”の本当の理由
現役引退後、指導者の道に進んだ石井さんは、東京ヤクルトスワローズの監督や東北楽天ゴールデンイーグルスのGMなどを歴任してきたのだそうです。
木佐さんはCHANTO WEBのインタビューで、監督だった5年半について「食事中の会話がほぼゼロに」なったという、なかなか衝撃的なエピソードを語っています。
「寝言も100%野球」だった単身赴任のような日々
選手時代の石井さんは仕事とプライベートをきっちり分けるタイプで、家では野球の話がほとんど出なかったといいます。
ところが監督に就任してからは一変し、寝言まで100%野球のことばかりになったと木佐さんは振り返っています。
食事中もスマートフォンを手放さず、試合のレポートをまとめる姿から、監督という仕事の重責をひしひしと感じていたそうです。
同じ屋根の下で暮らしていても、心はほとんど球場にあったという感じでしょうか。
それでも家庭を守り続けた25年
木佐さんは選手時代から、石井さんの性格に合わせた接し方を心がけてきたと語っています。
メジャーリーグ挑戦時代には栄養管理に気を配り、家の中では野球に関する装飾を極力抑えるなど、プロフェッショナルとして戦う夫を尊重する環境づくりに努めてきたとされています。

会話が減った5年半について不満げに語りながらも、どこか誇らしそうな口調だったのが印象的で、それこそが25年以上続く夫婦関係の土台になっているのかもしれませんね。
2024年7月には結婚24周年を記念した夫婦ディナーの2ショットをInstagramで公開し、「ラブラブ」「かわいい」といった反響が寄せられました。
忙しいすれ違いの時期を乗り越えてきたからこそ、こうした節目を夫婦で穏やかに迎えられているのではないでしょうか。
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まとめ
木佐彩子さんと石井一久さんは、神宮球場での仕事上の出会いから交際に発展し、2000年3月に結婚しました。
結婚を機に夕方番組へ異動し、出産後にフリーへ転身するなど、木佐さんは家庭を軸にキャリアを選んできたことがうかがえます。
石井さんが監督を務めた5年半は会話が減るほど大変な時期だったようですが、その裏には互いを尊重し合う25年以上の夫婦の歴史があるようです。
今後も息の合った夫婦エピソードが聞けることを楽しみにしたいですね。
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