細身のスーツを着こなす俳優は大勢いますが、田村正和さんの立ち姿は、一度見たら忘れられません。
プロフィール上の身長は、172cm。
決して大柄ではないはずなのに、画面の中では誰よりも大きく見えたんですよね。
その”大きさ”は、生まれつきのものではなく、何十年もかけて自分で作り上げたものでした。
しかも、あの独特のスタイルの多くは、田村さん自身の発案でした。
本日の記事では田村正和さんの身長やスタイルについて調べてまとめてみました。
この記事を読めば、下記の内容について、知ることが出来ます。
- 【判明】身長172cmの俳優が、なぜ誰よりも大きく見えたのか?
- BEAMS社長もうなった、何が流行っても変えなかった”田村正和スタイル”の正体
- 古畑任三郎の衣装と仕草は”100%本人”?現場スタッフが明かした舞台裏
それでは、どうぞ!


田村正和の身長は172cm|細身でも”大きく見えた”理由
田村正和さんの身長は、プロフィールでは172cmとされています。
1943年8月1日、京都府の生まれで、血液型はA型。
昭和18年生まれの男性としては、決して小柄ではない、標準的な身長でしょう。
一方で、ファンの間では「170ちょっとであの細身」という声もあるように、ひときわ華奢な体つき。

それでも画面の中で小さく見えなかったのは、1960年代後半から70年代にかけて「日本のアラン・ドロン」と呼ばれた、圧倒的な存在感があったからなのでしょう。
もうひとつ見逃せないのが、「古畑任三郎」の衣装なんです。
冬になると、古畑は肩パットが大きめの、黒いマキシ丈のロングコートを羽織っていたんですよ。
上下黒のスーツに、ベルトレスでサスペンダー、ノーネクタイのバンドカラーシャツ。
どれも縦のラインが強調される組み合わせ。
数字の172cmよりも、どう見せるかを徹底していた俳優だった、というのが私の見方です。
「田村正和スタイル」はなぜ何十年も変わらなかったのか
田村さんの”変えなさ”は、髪型や服にとどまりませんでした。
その徹底ぶりを、いくつかの角度から見ていきましょう。
若い頃は「いつも同じでダサい」とまで言われた髪型と装い
田村正和さんは、いつも同じ髪型、同じ雰囲気で知られた人でした。
THE NIKKEI MAGAZINEのコラムには、若い頃はそのすごさが分からず、「いつも同じ格好でダサい」と思っていたという筆者の告白が綴られているんです。

パーマで厚みを出し、襟足を長めにした独特の髪型は、1987年のドラマ「熱くなるまで待って!」で漫画家を演じてから定着したと言われています。
髪は、専属の美容師を自宅に呼んで整えていたんだとか。
服はジョルジオ・アルマーニを好んでいたとされますが、それでもブランド名ではなく、いつも「田村正和スタイル」に見えたのが面白いところです。
BEAMS社長の設楽洋さんは、田村正和さんの装いについて「グレーのジャケットの前をはだけて白いヨーロピアンカラーのシャツをノータイで着て派手なストールを首からたらしている」と表現しています。(THE NIKKEI MAGAZINEより)
設楽さんは訃報に際して、こんな言葉も残していたんです。
「何が流行ろうとヨーロピアン。何が流行ろうとコンチ!貫くことはカッコイイ!」(THE NIKKEI MAGAZINEより)
ファッション業界のトップランナーが、「貫くことはカッコイイ」と言い切る。
流行を追うのではなく、流行のほうが通り過ぎていくのを待ち続けたスタイルだったんですね。
人前で食事をしない、飛行機の隣席も押さえる|”見せ方”の徹底
田村さんの徹底は、服装だけではありませんでした。
劇団ひとりさんは、田村さんについて「絶対に人前で食事をしない」と明かしているんですね。
芸能記者の中西正男さんは、飛行機で移動する時は隣の席のチケットまで買い、食事や眠っている姿を他人に見られないようにしていたと伝えているんですよ。
素の自分を見せることになる、というのが理由なんだとか。
俳優は、観客が自由に夢を見られる「白いキャンバス」でいたい。
その哲学が、髪型にも、服にも、食事の仕方にも、一本通っていたんですね。
ここまで来ると、スタイルというより”生き方の設計図”に近いですよね。
古畑任三郎の衣装と仕草は「100%田村正和」だった
1994年に始まった「古畑任三郎」は、当初、田村さんが刑事役を断っていた作品でした。
脚本家の三谷幸喜さんから「普通ではない刑事が出るドラマ」だと説明を受け、脚本の面白さに引かれて引き受けたそうです。
ノーネクタイのマオカラーシャツに黒のジャケットという衣装も、田村さんの発案だったとも。
刑事らしく見えないように、という狙いがあったんでしょうね。
額に指を当てて考え込む仕草や、犯人の顔を見ずに話しかけるクセについても、河野圭太監督は「100%田村正和さんです」と断言しているんです。
古畑任三郎の象徴的なしぐさや口調は、すべて田村正和さん本人が作り上げたもので、リハーサルの時点ですでに動きは完成していたといいます。(マイナビニュースより)
撮影現場には、肘掛けとテーブルのついた”正和チェア”がスタジオの片隅に置かれていたとか。
海外の炭酸水を飲みながら台本を読み、スタッフが一人ずつ打ち合わせに訪れるのが、お決まりのスタイルだったとか。

三谷さんも、脚本をもとに田村さんが現場で役を膨らませ、それを見て次の脚本に反映する「共同作業」だったと語っていたんですね。
劇中の古畑が、セリーヌの自転車に乗って事件現場に現れるという設定も、ずいぶん凝っていますよね。
刑事なのに少し気取っていて、妙に品がある。
そんな人物像が、衣装や小物の一つひとつから立ち上がってくるんですね。
ファッションディレクターの干場義雅さんは、追悼にあたり「こんなにカッコイイ人はいなかった」と綴っていました。
スタイルは崩さない、でも役のためなら”自分を消す”
一貫したスタイルを持つ田村さんですが、役作りの場面では意外な一面も見せているんですよ。
ドラマ「過ぎし日のセレナーデ」では、68歳の老人を演じるために、2時間以上かけて白髪の老人にメイクしました。
ロケを見かけた人は、それが田村正和さんだと気づかなかったとか。
「眠狂四郎」に臨む時は、京都に拠点を移すほどの意気込みだったとも言われているんです。
舞台についても、生身の自分を観客に見てもらう「修行」だと位置づけていたとのこと。
日常のスタイルは頑として変えない人が、役のためなら生活の拠点も、顔までも変える。
そう考えると、田村さんの”変えなさ”は、頑固さというより、自分という素材をいちばん活かせる形を知っていた人の選択に見えてきます。
2009年には、ドラマ「そうか、もう君はいないのか」で、モンテカルロ・テレビ祭の最優秀男優賞に輝きました。
田村正和さんの家系図についての記事と、田村正和さんの晩年についての記事も書いています!ぜひご覧ください↓


まとめ
田村正和さんの身長は172cmとされていますが、その数字以上に印象に残るのは、何十年も貫いた「田村正和スタイル」でした。
髪型も装いも食事の見せ方も、一本の哲学でつながっていたことが、調べるほどに見えてきたんですね。
古畑任三郎の衣装や仕草は、監督が「100%田村正和さん」と断言するほど、本人が作り上げたものでした。
172cmの俳優を誰よりも大きく見せていたのは、身長ではなく、”変えない”と決めた覚悟だったのだと思います。
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