今よりももっと日本人の身近にあったころの相撲界。
一番有名だった夫婦といえば、横綱・貴乃花光司さんと、元フジテレビアナウンサーの河野景子さんを思い浮かべる人は多いはずです。
国民的な結婚式、3人の子ども、そして相撲界を揺るがした騒動の末の離婚。
二人の23年は、そのまま平成という時代の縮図のようでもありました。
いまでは「なぜあの二人は別れたのか」と検索する人が、静かに増えています。
本日の記事では、河野景子さんと貴乃花さんの結婚から離婚までを、報道をたどりながら順番にまとめてみました。
この記事を読めば分かること
- “世紀のカップル”を引き合わせたのは、意外なあの人気アナだった
- 離婚のカギになった「実の息子」と「土俵の息子」という言葉
- 2019年の著書がなぜ“暴露本”と呼ばれてしまったのか
それでは、どうぞ!


河野景子と貴乃花の馴れ初めは、同期アナが開いた食事会
二人の出会いは、ドラマチックというより、案外ふつうの場でした。
きっかけをつくったのは、河野景子さんのフジテレビ同期だった人物。
その名前を聞くと、当時をよく知る人ほど「なるほど」とうなずくかもしれません。
幹事はフジテレビ同期の八木亜希子アナ
河野景子さんと貴乃花さんを引き合わせたのは、同期の八木亜希子アナウンサーが幹事役を務めた食事会だったとされています。
もともと相撲好きだった河野さんが、その場に誘われた、という流れだったとか。
八木亜希子さん、有賀さつきさん、そして河野景子さん。
この3人は当時「フジテレビ三人娘」と呼ばれ、絶大な人気を集めていました。

その華やかな同期の縁が、まさか横綱夫人を生むことになるとは、本人たちも想像していなかったはずです。
交際が始まったのは1994年の秋ごろ。
当時の河野さんは30歳、貴乃花さんは22歳で、8歳差の“姉さん女房”になります。
その年の3月にフジテレビを退社し、フリーアナウンサーとして一歩を踏み出したばかりのタイミングでした。
婚約発表のとき、すでに妊娠6か月だった
二人が婚約を発表したのは、貴乃花さんが第65代横綱に昇進した1995年のこと。
ただ、このときすでに河野さんは妊娠6か月に入っていたと報じられています。
いわゆる“授かり婚”ですね。
横綱昇進、結婚、第一子の誕生。
人生の大きな出来事が、ほんの数か月のうちに一気に押し寄せた形でした。
世間はこの電撃的な展開を、おおむね祝福ムードで受けとめていたようです。
1995年、招待客およそ1000人の“世紀の結婚式”
二人の結婚式は、いまでも語り草になっています。
それくらい規模が大きく、注目度も高いものでした。
平成の芸能史をふり返るとき、必ず映像が使われる一場面。
挙式が行われたのは1995年5月25日、東京・明治神宮でした。
媒酌人は当時の出羽海理事長が務めています。
その後の披露宴には、およそ1000人もの招待客が集まったと伝えられています。
相撲界の関係者に加え、芸能人や政財界の顔ぶれもそろい、テレビは連日この話題を追いかけました。

二人はしばらくのあいだ“平成の理想の夫婦”のように扱われます。
同じ年の9月には長男が誕生し、絵に描いたような幸せのスタートに見えたものです。
23年の結婚生活と、すれ違いの始まり
順風満帆に見えた二人ですが、時間がたつにつれて距離は少しずつ広がっていきます。
貴乃花さんは現役引退後、親方として弟子の育成に打ち込むようになりました。
一方の河野さんは、3人の子どもの子育てと、少しずつ再開した仕事のあいだで揺れていたみたいです。
河野さんはのちの著書で「お互いの中で『いつか離婚するだろう』という思いは生まれていた」と明かしています。
相撲部屋という特殊な世界と、アナウンサー出身の妻。
その組み合わせが抱える難しさは、外から見えるより大きかったのだと思います。
2010年ごろには“洗脳”報道もあった
2010年前後には、貴乃花さんが特定の人物の影響を強く受けているのではないか、という“洗脳”報道が流れました。
週刊誌は、河野さんが夫の変化に戸惑い、周囲に相談していた、といった話まで書き立てています。
真偽のはっきりしない話も多く含まれていましたが、家庭のなかに不安の芽があったことはうかがえます。
決定的なきっかけになったのは、その数年後、相撲協会をめぐる一連の騒動でした。
なぜ離婚した?「実の息子」と「土俵の息子」
2017年、日馬富士による暴行事件が起きます。
この問題をめぐって、貴乃花さんは相撲協会の執行部と激しく対立していきました。
そして2018年10月、貴乃花さんは日本相撲協会を退職します。
その翌月、二人は離婚を発表しました。
週刊誌が伝えた離婚の理由には、長男のタレント活動をめぐる考え方の違いや、旧貴乃花部屋の弟子たちの行き先をめぐる意見の対立がありました。
弟子という“土俵の息子”を最後まで守ろうとする夫。
実の子どもたちの暮らしを、まず優先したい妻。
二人が抱えていたものは、どちらも「息子」への責任でした。
23年つづいた結婚は、どちらの「息子」を取るかという問いの前で、静かに終わりを迎えたのです。
離婚を公表したのは河野さんのほうで、子どもたちは河野さんが引き取る形になったとされています。
離婚が正式に成立したのは2018年10月25日のことでした。
2019年の著書『こころの真実』は“暴露本”と呼ばれた
離婚から数か月後、河野景子さんは1冊の本を出します。
タイトルは『こころの真実 23年のすべて』。
結婚生活のなかで感じてきた不満や葛藤が、率直な言葉でつづられていました。
世間の反応は、同情だけではありませんでした。

「別れた直後にこれを出すのは“暴露本”ではないか」という批判の声も、少なからず上がったんです。
その後、河野さんが映画監督との交際を報じられると、「元夫への手のひら返しでは」といった見方まで出てきました。
長く連れ添った相手について語るとき、どこまでが正直さで、どこからが暴露になるのか。
この本は、その線引きの難しさを考えさせる一件だったように思います。
河野景子の離婚後の現在
離婚のあと、河野景子さんは少しずつ自分の仕事を立て直していきます。
もともとアナウンサーですから、言葉にまつわる分野が中心。
“横綱夫人”という肩書きを外したところから、もう一度歩き始めた形です。
河野さんは離婚より前の2016年に「株式会社ル・クール」を設立し、代表取締役に就いています。
「河野景子のことばのアカデミー」を開き、話し方や朗読を教える活動も続けているとか。
テレビのレギュラーで前に出るというより、講演や朗読会でじっくり語る場を選んでいるようです。

私生活では、2020年12月ごろから映画監督との交際・同棲が報じられました。
“元横綱の妻”のイメージが強かっただけに、この報道には驚いた人も多かったみたいです。
それでも、子どもたちを育て上げたあとの人生を、自分の望む形で選び直している。
その姿は、離婚のニュースだけを見ていたときとは、少し違って見えますね。
現在は一般の方と再婚されています。
河野景子さんの子供3人の現在についての記事と、河野景子さんの若い頃とアナウンサー時代についての記事も書いています!ぜひご覧ください↓


まとめ
河野景子さんと貴乃花さんは、1994年10月に交際を始め、翌1995年5月に明治神宮で結婚しました。
招待客およそ1000人という結婚式は、平成を代表する慶事のひとつでした。
しかし2017年からの相撲協会をめぐる騒動を経て、2018年10月25日に離婚が成立します。
「実の息子」と「土俵の息子」。
その両方を抱えきれなかったところに、この夫婦の23年が終わった理由があったのかもしれません。
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