フジテレビに入社したばかりの新人アナウンサーが、会社に出す書類にこっそり書いた夢があります。
取りたい資格の欄には「司法試験合格」、そして達成時期は「10年後」。
周りから見れば、華やかな人気アナの冗談のように見えたかもしれません。
けれどその新人は、転落事故も、謹慎処分も、1回目の不合格も越えて、本当に弁護士バッジを手にしました。
今では法律事務所の代表として、朝の情報番組でコメントする側に。
本日の記事では菊間千乃さんの弁護士としての歩みについて調べてまとめてみました。
この記事を読めば、下記の内容について、知ることが出来ます。
- 人気アナがなぜ弁護士に?「伝えっぱなし」への違和感とは
- 睡眠を削り、会社を辞め、1回目は不合格…崖っぷちの司法試験
- 代表パートナーに社外取締役も!弁護士・菊間千乃の今の仕事
それでは、どうぞ!


菊間千乃が弁護士を目指した理由
菊間千乃さんは、小学生の頃から「フジテレビのアナウンサーになる」と決めていた人でした。
お父さまが八王子実践高校女子バレーボール部の監督で、取材に来るアナウンサーの姿に憧れたのがきっかけだったそうです。
その夢どおり1995年にフジテレビへ入社したのに、なぜ弁護士を目指すことになったのでしょうか。
「伝えっぱなしで、世の中は変わらない」
理由のひとつは、アナウンサーの仕事そのものへの物足りなさ。
「事件が起こって記者の方が取材してきた原稿を読む。その場でもっともらしいことを言っても、何年後かに同じような事件が再び起こる。伝えっぱなしで、世の中は変わらない」と語っています(ORICON NEWSより)。
そんなとき番組のゲストとしてやってきた弁護士に勧められたことが、ロースクール入学の直接のきっかけになったようです。
ちょうど司法制度改革で法科大学院が生まれた時期だったんですね。

さらに、1998年の『めざましテレビ』での転落事故も大きかったと本人は語っています。
「当たり前のように明日はこない」という感覚が、夢を先延ばしにしない理由になったみたいです。
谷亮子さんの金メダルと「人に拍手をして終わる人生」
もうひとつのきっかけは、スポーツの現場。
菊間さんはアナウンサーとしてオリンピックの取材に行き、谷亮子さんや高橋尚子さんの活躍を目の前で見ています。
特に谷さんが銀、銀と続いた後にとうとう金メダルを取った姿を見て、「自分はこの4年何をやっていたのか」と考え込んでしまったそうです。
その気持ちを、菊間さんは「人に拍手をして終わる人生は嫌だ」という言葉で表しています。
拍手を送る側から、拍手される側へ。
アナウンサーという”伝える仕事”の頂点にいた人がこう感じたというのは、かなりドキッとする話だと思います。
仕事をしながら夜間ロースクールへ通った日々
2005年4月、菊間千乃さんは大宮法科大学院大学の夜間コースに入学しました。
このとき33歳。
アナウンサーの仕事を続けながら、仕事が終わると法律を学ぶ二重生活の始まり。
同じ年の7月には、未成年だったアイドルと同じ飲食の席にいたことが報じられ、番組出演を停止される騒動もありました。
菊間さんは後に「自分が飲ませたわけではなく、相手はすでに他の場所で飲酒していた」とインタビューで説明しています。

騒動の後は出演の機会も減っていき、会社員としては決して順風満帆とは言えない時期だったようです。
それでも勉強は止めず、日刊スポーツによると睡眠1時間の日もあり、食事はおにぎり1個で済ませて1分を惜しんだとか。
普通なら心が折れそうな状況で、むしろ勉強に逃げ場を見つけていたのかもしれませんね。
フジテレビ退社と司法試験への挑戦
2007年12月31日、菊間千乃さんは12年あまり勤めたフジテレビを退社。
35歳での決断で、理由は司法試験の勉強に専念するためだったそうです。
東洋経済オンラインのインタビューでは、退社のときに人事部から新人時代の「未来レポート」を返してもらったエピソードを明かしています。
その書類の取りたい資格の欄に書いてあったのが、「司法試験合格」、しかも「10年後」という目標でした。
ところが、退路を断って臨んだ1回目の司法試験はまさかの不合格。
新司法試験は受験回数が3回までに限られていて、菊間さんはいきなり崖っぷちに立たされることに。
そこから勉強のことだけを考える生活に切り替え、2010年9月、2度目の挑戦で司法試験に合格しました。
入社時の「10年後」には少し遅れましたが、それでも15年越しに夢を叶えた形なんですよね。
個人的には、この「未来レポートを返してもらう」という場面がすごく好きです。
新人の自分に答え合わせをしに行くような行動で、菊間さんの”有言実行”ぶりがいちばんよく表れている気がします。
弁護士・菊間千乃の今の仕事
1年間の司法修習を経て、菊間千乃さんは2012年1月から弁護士として働き始めました。
それから14年あまり、仕事の幅は本人の予想を大きく超えて広がっているようです。
松尾綜合法律事務所の代表パートナーに
菊間さんが所属するのは、弁護士法人松尾綜合法律事務所。
2022年1月には事務所の代表パートナーに就任しました。
主に企業法務の弁護士として、紛争の解決や、トラブルを未然に防ぐ予防法務を担当しているとのこと。
新人時代には、80代の依頼者のために報告書の文字を大きくし、行間を空けて作り直したところ、事務所のボスに驚かれたというエピソードも語っていたとか。

2015年のインタビューでは「アナウンサーも弁護士も、人と人が対峙する仕事という点では同じ」とも話しています。
画面越しに人柄を知られている分、依頼者に警戒されにくいというのは、元アナならではの強みでしょうね。
社外取締役とモーニングショー
今の菊間さんの仕事で大きな割合を占めているのが、企業の社外取締役なんだそうです。
化粧品大手のコーセーをはじめ、複数の上場企業で社外取締役を務めてきました。
テレビでは、2021年4月から『羽鳥慎一モーニングショー』の火曜コメンテーターとして出演中。
かつて原稿を読んで「伝えっぱなし」に悩んでいた人が、いまは法律の専門家として意見を求められる立場にいるわけです。
入社当時に思い描いた「伝えるだけでなく、変える側へ」という夢は、形を変えて今も続いているように見えます。
菊間千乃さんの転落事故についての記事と、菊間千乃さんの結婚についての記事も書いています!ぜひご覧ください↓


まとめ
菊間千乃さんの弁護士としての歩みを、あらためて振り返ってみました。
アナウンサーの「伝えっぱなし」への物足りなさ、オリンピック取材での刺激、そして転落事故の経験が、弁護士を目指すきっかけでした。
2005年に夜間ロースクールへ入学し、2007年末にフジテレビを退社。
1回目は不合格でしたが、2010年に2度目の挑戦で司法試験に合格し、2012年から弁護士として活動しています。
現在は松尾綜合法律事務所の代表パートナー、社外取締役、そしてコメンテーターと、3つの顔を持つ存在に。
新人時代に書いた「10年後に司法試験合格」という一行を、少し遅れても本当に叶えてしまうところに、菊間さんの強さが詰まっていると感じました。
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