石田純一といしだ壱成、”隠し子”から親子になるまでの複雑な道のり

トレンディ俳優として知られる石田純一さんには、俳優の息子・いしだ壱成さんがいます。

実はこの親子、16歳になるまでお互い顔を合わせたことがなかったというから驚きです。

長年複雑な感情を抱えてきた2人ですが、ここ最近になって関係が大きく変化したのだとか。

「父に捨てられた」と感じていた時期もあったという壱成さんですが、今ではその思いにも変化があったようです。

「今は仲良いの?」と気になっている方も多いのではないでしょうか。

本日の記事では石田純一さんといしだ壱成さんの親子関係について、”隠し子”報道の真相から現在まで調べてまとめてみました。

この記事を読めば、下記の内容について、知ることが出来ます。

  • テレビで初めて知った父の存在と16歳の再会
  • 「父に捨てられた」壱成さんが抱えてきた複雑な感情
  • ここ1、2年で築けた”父と息子”の関係

それでは、どうぞ!

目次

テレビで初めて知った父の存在と16歳の再会

いしだ壱成さんは、石田純一さんが学生時代に結婚した星川まりさんとの間に生まれた息子です。

妻が妊娠中に石田純一さんが単身アメリカへ留学し、その後2人は離婚していたそうです。

母・星川まりさんと伯父の星川淳さんは、1960〜70年代のヒッピー文化を日本に紹介した作家として知られる人物。

壱成さんは母親の星川まりさんと三鷹や八ヶ岳、屋久島のコミューンで自給自足の幼少期を過ごしたといいます。

実父の存在を知ったのは、小学1年生のとき。

学校から帰ると母がテレビをつけ、画面を指さして「これ、お父さんよ」と教えたのだとか。

西日本新聞石田純一若いころ
西日本新聞より引用

幼いなりに「芸能人なんだ」という驚きと、「本当かな」という半信半疑の気持ちが入り混じった瞬間だったと振り返っています。

物心つく前から両親は離婚しており、母には別のパートナーがいた時期もあったようです。

その相手からは「俺は本当のお父さんじゃないからね」と念を押されることがあり、壱成さんも「そんなのわかってるよ」と返すやりとりが度々あったのだとか。

父の姿はテレビの中にしか存在せず、身近な家庭には別の大人が出入りするという、幼い壱成さんにとってはなんとも複雑な環境だったことがうかがえますね。

「隠していたというのは語弊がある」石田純一の釈明

1991年、週刊誌「女性セブン」が「16歳になる隠し子がいる」と報道したことで、事態が世間に明らかになります。

週刊女性プライム隠し子報道石田純一画像
週刊女性プライムより引用

これをきっかけに、石田純一さんはいしだ壱成さんと初めて直接顔を合わせることになったのだとか。

石田純一さんは当時「隠していたというのは語弊がある。最初の結婚や、子どもがいたことを、公表していなかっただけ」とコメントしています。

父にとっては「公表していないだけ」という感覚だったのに対し、息子にとってはテレビの中の存在としてしか知らなかった相手と、16年ぶんの時間を経て初めて向き合う出来事だったわけです。

多感な16歳という年齢での対面は、少年にとって決して簡単に受け止められるものではなかったでしょう。

週刊誌報道という形で家族関係が世間に晒されたことも、大きな負担になったと考えられます。

「父に捨てられた」壱成さんが抱えてきた複雑な感情

表面的には家族として認められたように見えても、いしだ壱成さんの心境は複雑だったようです。

「言い方は悪いですが、自分は父に捨てられたという感覚がある」と、失われた16年間への遺恨を明かしています。

父親の存在を知らずに育った時間の長さを思えば、簡単には埋められない溝があったことは想像に難くありません。

収入のほぼすべてを使われ、人間不信に

さらに深刻だったのは、鬱状態に陥っていた時期、父・石田純一さんが事情により壱成さんの収入のほぼすべてを自身の用途にあてていたことが判明した一件です。

額にして数億円規模ともいわれ、壱成さんはこのショックから人間不信になり、激しい鬱状態に陥ってしまったといいます。

存在を知らされていなかった寂しさに加えて、大人になってからは金銭的にも大きな負担を背負わされたことになるわけですから、二重の被害感を抱えていたとしても無理はないでしょう。

息子の壱成さんは、2001年には大麻・LSD所持で逮捕され執行猶予付きの判決を受け、2009年には浮気関係の発覚で事務所から無期限謹慎・解雇を告げられました。

壱成さん自身も波乱の時期を重ねていますね。

スポニチ石田純一と壱成
スポニチより引用

その後、3度目の結婚で24歳年下の女性と再婚したことが報じられた際には、SNS上に2万件規模ともいわれる誹謗中傷が押し寄せ、怖くて部屋から出られなくなったこともあったそうです。

バラエティ番組で「ハゲで気持ち悪い」というキャラクター付けをされたことも、精神的な苦しさに拍車をかけていたといいます。

「これはいよいよ芸能界を辞めるか」と決意し、石川県へ移住したのだとか。

移住後は貯金もほとんどない状態で、介護施設や旅館、工場などの面接を受けて回ったといいます。

それでも「悪評」がメディアで知られていたためか面接には次々と落ち、「びっくりするくらい困窮」していたと当時を振り返っています。

父親絡みの金銭トラブルと世間からのバッシング、そして再就職の壁という、いくつもの困難が重なった時期だったことがわかりますね。

ここ1、2年で築けた”父と息子”の関係

そんな複雑な過去を抱えてきた2人ですが、近年になって関係に大きな変化が訪れたようです。

石川県で困窮していた壱成さんのもとへ、石田純一さんが自ら足を運んだのだとか。

「大丈夫か?お前」「早く社会復帰、芸能界に復帰して欲しい」と直接声をかけられたことが、壱成さんにとって大きな転機になったそうです。

ずっと家に閉じこもって、どうすればいいかもわからない状態だったところに父が芸能界復帰を勧めてくれたことで、「スイッチがオン!って入りました」と当時の心境を語っています。

いしだ壱成さんは「ここ1、2年で”父と息子”という関係にやっとなれまして、素直に頼れるようになった」と述べています。

フラッシュ石田純一と壱成
FLASHより引用

以前は照れくさくて何て呼んでいいかわからなかったものの、最近では「オヤジ」と呼べるようになったともいい、「お互いによく生きてたね」と言葉を交わすまでになったといいます。

2025年7月には、妹・すみれさんの誕生日を祝うサプライズパーティーが、石田純一さんが船橋で営む焼肉店「炭火焼肉ジュンチャン」で開かれました。

すみれさんがまだこの店に来たことがないと知った壱成さんが、交際中の彼女とこっそり計画を立てたのだそうです。

彼女が1週間前からすみれさんの顔写真入りケーキを注文して用意してくれ、当日は見事なサプライズになったといいます。

父・石田純一さんも終始表情を綻ばせていたと伝えられており、家族3人が笑顔を見せる様子が報じられました。

16歳まで存在すら知らされていなかった兄妹が、今では一緒にサプライズを仕掛け合う関係になっているというのは、感慨深いものがありますね。

なお壱成さんには長男・七音さんもいます。2003年生まれで、元妻・三宅えみさんが引き取り、その後三宅さんは俳優の谷原章介さんと再婚しました。

2024年には「ジュノン・スーパーボーイ・コンテスト」でフォトジェニック賞を受賞するなど、着実に活動の場を広げているようです。

自身がテレビの中の父を見つめて育った壱成さんが、今は息子の活躍を見守る立場にもなっているというのも、この親子の物語の巡り合わせを感じさせるポイントかもしれません。

血のつながりだけでは測れない、時間をかけて育む親子の情もあるのだと感じさせられるエピソードですね。

石田純一さんの不倫発言の真相についての記事と、結婚についての記事も書いています!ぜひご覧ください↓

まとめ

石田純一さんといしだ壱成さんの関係は、小学1年生でテレビを通じて父を知り、16歳まで存在を明かされなかった”隠し子”報道から本格的に始まりました。

「父に捨てられた」という複雑な感情や、収入を使われた末の人間不信を抱えながらも、石田さん自らが石川県まで足を運んだことをきっかけに、ここ1、2年でようやく”父と息子”の関係を築けたといいます。

2025年のすみれさんの誕生日パーティーのように、今では家族で笑い合える場面も増えているようです。

長い時間をかけてすれ違いを乗り越えてきた2人のこれからにも、注目していきたいですね。

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