誰もが認める”理想の夫婦”のはずなのに、検索欄には「離婚」の二文字が並んでしまう夫婦がいます。
国民的デュオ・ゆずの北川悠仁さんと、元フジテレビアナウンサーの高島彩さんです。
噂の中心には、いつも北川さんの母という存在が登場してくるんですよね。
週刊誌は「嫁姑バトル」という言葉で、二人の家庭をたびたび取り上げてきたようです。
けれど、その報道をよく見ていくと、当事者本人の言葉として出てくるものが一つもないことに気づくのです。
本日の記事では高島彩さんと北川悠仁さんの離婚の噂について調べてまとめてみました。
この記事を読めば、下記の内容について、知ることが出来ます。
- 週刊誌が報じた”嫁姑バトル”を、2012年から時系列で総ざらい
- 「結婚は35歳まで待て」「退社は姑の意向」…噂を公表された事実と照らして検証
- 徹子の部屋やSNSで本人が語ってきた、夫婦のリアルな現在地
それでは、どうぞ!


高島彩に離婚危機の噂が出たのはなぜ?発端は北川悠仁の母をめぐる週刊誌報道
高島彩さんと北川悠仁さんが結婚したのは、2011年10月20日のことです。
当時は祝福の声が中心で、「離婚」という言葉が並ぶような空気ではなかったようです。
風向きが変わったのは、北川さんの母・慈敬(じけい)さんの存在が報じられるようになってからのようです。
2019年7月のNEWSポストセブン(女性セブン)は、慈敬さんが新興宗教団体「かむながらのみち」の教主であることから、結婚前から”実家との関係”が話題になってきた、と報じたようです。
ここで押さえておきたいのは、こうした報道の多くが「関係者」「知人」といった匿名の証言に基づいている点です。
私が調べた範囲では、二人が公の場で宗教や義母との関係について語った記録は見つかりませんでした。
つまり、これから紹介する報道は、どれも当事者の確認が取れていない話ということになります。
そのことを頭の片隅に置いたうえで、報道を古い順にたどってみましょう。
2012年2月・週刊女性「信者集会でのお披露目を欠席」
私が確認できた中で古い報道の一つが、披露宴が行われた2012年2月の直後に、週刊女性が報じた記事です。
慈敬さんは、毎月開く信者の集会で高島さんをお披露目する予定だったものの、高島さんが「教団の活動はできない」と欠席した、と報じられたのだとか。
記事の情報源はあくまで関係者談で、事実かどうかを本人たちが確認した形跡はありません。

この報道が出たのは、披露宴の直後という、かなり早いタイミングだったようです。
結婚したばかりの夫婦に、いきなり”不協和音”のレッテルが貼られた格好です。
2019年7月・女性セブン「子供の進学で嫁姑バトル」
7年後の2019年7月には、女性セブンが「子供の進学で嫁姑バトル」と題して、二人の関係を再び取り上げたんですね。
テレビ局関係者の話として、高島さんは最近「わが道を行く」と決めた様子で、子育てをめぐることだけは譲れない一線だったのだろう、と伝えているようです。
一方で同じ記事には、嫁と姑で出かける様子が見られるなど、関係も良好とみられていた時期があったという記述もあります。
つまり、この記事自体も「ずっと険悪だった」とは書いていないのです。
進学をめぐる具体的な中身についても、公開されている範囲では明かされていません。
「35歳まで結婚不可」「退社も姑の意向」…噂を公表された事実と照らして検証
ここからは、噂として語られてきた内容を、公表されている事実と並べて確かめてみます。
噂を鵜呑みにするのも、頭ごなしに否定するのも、どちらもフェアではないと私は思っています。
大切なのは、”本人が語った事実”と”匿名の証言”をきちんと分けて考えることです。
「北川悠仁が35歳になるまで結婚してはいけない」説
女性セブンは北川家の知人の話として、「悠仁が35才になるまでは結婚してはいけない」というお達しがあった、と伝えたのだとか。
ところが、実際に二人が結婚したのは2011年10月、報道では北川さんは34歳のときでした。
北川さんの生年月日は1977年1月14日で、35歳の誕生日は2012年1月14日。
入籍と挙式は、35歳を迎える約3か月前に済ませていたことになります。
もちろん、披露宴が開かれたのは2012年2月25日ですから、その時点ではもう35歳を過ぎていました。
結婚を”入籍”と見るか”披露宴”と見るかで話が変わるため、この説は白黒つけにくいんですよね。
厳密にはズレがあるものの、「35歳を目前にした結婚」ではあったため、噂と事実が重なる部分もあると言えそうです。
「フジテレビ退社の決断にも姑の存在があった」説
同じ2019年の記事は、2010年8月のフジテレビ退社の発表について「その決断にも姑の存在があった」と書いているんですね。
けれど、高島さん自身が語った退社の理由に、義母の名前は出てきません。
2010年の発表コメントでは、「少しゆっくりと、朝日を浴びて目を覚ます生活を送りながら、自分自身を見つめなおしたい」と綴っていたんですよね。
そして13年後の2024年1月、「ボクらの時代」で高島さんは、帯状疱疹や乾癬といった体の異変が決め手だったと明かしました。
週刊誌が描く物語と、本人が語る物語が、ここまで違うことに、私は少なからず驚きました。
どちらが正しいかを決めつけるつもりはありませんが、少なくとも”本人の言葉”が残っているのは後者だけです。
離婚危機と言われる一方で…本人たちが実際に語ってきた夫婦の姿
では、二人が自分の言葉で語ってきた夫婦の姿は、どんなものだったのでしょうか。
2011年の結婚発表で、北川さんは直筆のコメントに「支え合い、分かち合い、刺激し合い、そして微笑み合い」と綴りました。
そこから4年後、高島さんが語った家庭の様子は、報道のイメージとはだいぶ違っていたようです。
2015年「徹子の部屋」…「基本的には協力的なので何もない」
2015年10月7日の「徹子の部屋」で、黒柳徹子さんから「なにか不満はない?」と聞かれた高島さんは、「基本的には協力的なので何もないです」と笑顔で答えたそうです。
北川さんは仕事で家を空けることも多いものの、家にいるときは子どものお風呂を担当してくれているとのこと。
あえて挙げた不満は、玄関の鍵が閉まっているときにガチャガチャやってしまう、慌てん坊なところくらいだったとか。

夫婦円満の秘訣として明かしたのが、悩みがあるときは夫の前で「まず1つため息をついてみる」という、ちょっと可愛らしい方法です。
聞こえるか聞こえないかの小さな声で「はあ」と言い、「どうしたの?」と聞いてくれたらラッキー、返事がなければその日は言うのをやめておく、というのですから、相手の疲れを気づかう優しさが伝わってきます。
また、節目ごとのお墓参りには、北川さんが同行することもあるとのことでした。
悲しみも、喜びも、二人で分かち合ってきた
高島さんは2014年のエッセイで、結婚後まもなく経験した悲しい出来事を、北川さんとともに乗り越えたと綴ったのだそうです。
2016年6月に次女が誕生したときには、二人の連名で「家族の日々が益々にぎやかに面白くなりそうです」とコメントを寄せたとか。
2024年1月の「ボクらの時代」でも、高島さんは結婚や子育てについて語っていたようです。
そして2025年10月には、Instagramで娘さんたちの運動会のお弁当を手作りしたと報告。
2026年3月には、長女の小学校卒業について「思いやり溢れるお友達と品格あふれる先生方に囲まれてとてもあたたかな卒業式でした」と綴っていたそうです。
もちろん、SNSに載せるのは”見せたい部分”であり、家庭のすべてが分かるわけではありません。
ただ、少なくとも公の場で語られる言葉の範囲では、夫婦仲の悪さをうかがわせるものは見当たらないのです。
高島彩と北川悠仁は離婚するの?現在の状況は?
結論から言うと、二人が離婚したという発表は、ごしこが調べた範囲では見当たりません。
高島さんは2017年4月からテレビ朝日「サタデーステーション」のメインキャスターを務めていて、現在も第一線で活躍を続けているとみられます。
北川さんも、ゆずのリーダーとして音楽活動を続けています。

ここまでの話を整理すると、過去に週刊誌が嫁姑の不和を報じたことがあり、それでも離婚の発表はないという事実です。
家庭内の本当の様子は、当然当本人たちしか分からないことでしょう。
この噂が”実際以上にドラマチック”に聞こえてしまう一番の理由は、宗教団体という、なじみの薄い要素が絡んでいるからだと思います。
嫁姑の悩み自体は、どの家庭にも起こりうるごく普通の話なのに、そこに教団という言葉が加わるだけで、物語が急に映画のように膨らんでしまうんですよね。
しかも、高島さん自身がかつて、退社の理由を別のストーリーで語られたまま13年を過ごし、自分の言葉で”本当の理由”を明かした人です。
この経験を思うと、報道が先に走った話は、時間がたってから本人の言葉で上書きされる可能性もあるのではないかと感じます。
だからこそ、匿名の証言だけで二人の関係を決めつけないことが、いちばん誠実な向き合い方なのではないでしょうか。
高島彩さんのめざましテレビ卒業の記事と、結婚の記事も書いています!ぜひご覧ください↓


まとめ
高島彩さんと北川悠仁さんの離婚危機説は、北川さんの母をめぐる週刊誌の報道が発端でした。
2012年の週刊女性、2019年の女性セブンと、どちらも関係者や知人の証言を軸にした記事で、本人たちが認めた内容ではありません。
「35歳まで結婚不可」説は結婚時期と細かなズレがあり、「退社は姑の意向」説も本人が語った理由には義母が登場しませんでした。
一方で、本人たちの言葉から見えるのは、協力的な夫と、二人の娘を育てる穏やかな家庭の姿です。
離婚の発表もなく、二人はそれぞれの場所で活動を続けています。
家庭の内側は当事者にしか分からないからこそ、これからも静かに見守っていきたいですね。
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